トレーナー紹介

プロフィール
■名前:倉世古 裕也(くらせこ ゆうや)
■生年月日:1982年1月1日
■出身:三重県伊勢市
■血液型:A型
■家族構成:妻と娘3人の5人家族(長女と次女は双子)
■趣味:読書・運動・株式投資・エレキベース・野球観戦・プロレス観戦
経歴
- 2002年(20歳): 地元・三重県伊勢市のスポーツクラブに入社。インストラクターとして、マシンジムやスタジオでの指導に携わる
- 2005年(23歳):名古屋で、コナミスポーツを中心にパーソナルトレーナーとして活動。
- 2007年(25歳):ジム・スタジオ型クラブを運営する会社に入社。トレーナー、店舗支配人、経営幹部などを歴任。
- 2015年(33歳):千葉市の住宅・不動産会社に入社。新規事業として幼児体操教室の立ち上げに携わり、マネージャー兼インストラクターとして教室運営と指導を行う。
- 2016年(34歳):キックボクシングジムの運営や大会を手がける会社に入社。ジムの責任者兼インストラクターとして、店舗運営や会員様への指導に携わる。
- 2017年(35歳):株式会社Trustfitnessを設立。
- 2018年(36歳):4月、千葉市稲毛区に「トラストフィットネス」をオープン。
保有資格
- 加圧ウェルネス認定:加圧トレーナー
- Tomabechi Institute認定:パフォーマンス・エンハンスメント・コーチ
- 株式会社ハイパフォーマンス認定:ハイパフォーマンスコーチ
Youtubeチャンネル
- 40代からの心と身体の健康習慣
- https://www.youtube.com/@Yuya_Kuraseko
これまでの歩み~トレーナーを志してから独立に至るまで~
トレーナーになるまで
トレーナーになったきっかけ
小学4年生から高校3年生まで、野球をやっていました。
子どもの頃の性格は、周りから「大人しい」と言われるようなタイプでした。
そんな僕が筋力トレーニングに出会ったのは、高校の野球部時代です。
練習の一環として筋力トレーニングを行っていたことに加え、もともとプロレスが好きだったこともあり、次第に筋トレそのものにハマっていきました。
とはいえ、高校生の頃から「将来はトレーナーになる」と決めていたわけではありません。
当時は、これといってやりたい仕事もありませんでした。
そんな中で、
「趣味である筋トレを仕事にできたら楽しいんじゃないか」
と思うようになります。
ちょうどその頃、教室に置いてあった専門学校の案内冊子の中に、トレーナーを養成する学校があることを知りました。
「こんな専門学校があるんだ」
それが、僕がトレーナーという仕事を目指す最初のきっかけでした。
トレーナーを目指して名古屋へ
高校卒業後は、名古屋リゾート&スポーツ専門学校のトレーナーコースへ進学。
解剖学、生理学、栄養学、トレーニング論、心理学など、トレーナーとして必要となる基礎知識を学びました。
専門学校時代には、地元・伊勢市のスポーツクラブに会員として通っていました。
通っているうちに、
「将来、このジムで働きたい」
と思うようになります。
その後、ジムの社員の方から声をかけていただき、専門学校卒業後の20歳のときに入社。
ここから僕のトレーナー人生が始まりました。
挑戦と失敗を繰り返した12年間
「もっと一人ひとりに寄り添った指導がしたい」
最初のスポーツクラブでは、主にマシンジムでのトレーニング指導や、スタジオでのストレッチ指導を担当しました。
そのほか、プールでの子どものスイミング指導のサポートなど、さまざまな仕事を経験しました。
仕事を続けるうちに経験も増え、少しずつトレーナーとしての自信もついてきました。
その一方で、疑問も感じるようになりました。
スポーツクラブには、年齢も体力も目的もまったく違う人たちが来ます。
しかし、当時の指導はかなりマニュアル化されていました。
「もっと一人ひとりの身体や目的に合わせた指導がしたい」
「もっとトレーナーとしてレベルアップしたい」
そんな思いが強くなり、23歳のときにスポーツクラブを退職。
名古屋へ移り、フリーのパーソナルトレーナーとして活動することを決めました。
23歳で知った「指導できるだけでは食べていけない」という現実
名古屋を選んだのは、実家から比較的近く、専門学校時代を過ごした土地でもあり、馴染みがあったからです。
近隣のコナミスポーツを自分で見学して回り、「ここで活動してみたい」と思った店舗に連絡をして面接を受けました。
フリーになって1か月ほどで、最初のお客様にもついていただきました。
ところが、大きな問題がありました。
お金を稼げない。
トレーニングを指導することはできても、お客様を集める方法が分からなかったのです。
この経験から、この業界で生きていくためには、トレーニングの知識や指導技術だけでは足りないことを痛感しました。
集客、店舗運営、マネジメント、人材育成、数値管理。
そういったことも学ばなければいけない。
そこで僕は、もう一度会社員として働き、今度は「店舗を運営する側」の経験を積もうと考えました。
できるだけ早く支配人を経験したかったため、すでに完成された大きな組織ではなく、ジム事業を始めたばかりの会社を探しました。
27歳で店舗支配人に
25歳のとき、当時としてはまだ珍しかった「ジム・スタジオ型クラブ」を運営する会社に入社しました。
最初は現場のインストラクターとして、ジムやスタジオでの指導、フロント業務などを担当。
社員数が少なかったこともあり、早い段階からシフト作成、金銭管理、アルバイトスタッフの指導など、店舗運営にも携わるようになりました。
そして27歳で店舗支配人になります。
支配人として求められたのは、売上、利益、在籍会員数などの数字を管理し、店舗の業績を向上させること。
さらにスタッフの育成やサービス向上など、店舗全体を見ることが仕事になりました。
その後は経営幹部となり、担当店舗への定期的な訪店、店舗ミーティングへの参加、社員研修、店舗チェック、監査などにも携わりました。
最も多いときには10店舗を統括し、社員だけでも40〜50人ほどのスタッフをマネジメントしていました。
この時代に身についた数値管理やスタッフ教育の経験は、現在、自分自身でジムを経営するうえでも大きな財産になっています。
会社の買収。そして、新しい道へ
約7年間勤めた会社は、その後、買収されることになります。
会社の方針や人員配置なども大きく変わり、僕自身もこれからの働き方について考えるようになりました。
そして33歳で退職。
今後について知人に相談していたところ、その知人から千葉市の住宅・不動産会社の社長を紹介していただきました。
その会社では、ちょうど新規事業として幼児向けの体操教室を始めたいと考えており、人材を探していました。
社長と相談しながら教室のコンセプトを決め、プログラム作成、集客、会員募集、指導、スタッフ採用など、教室を立ち上げるための業務の多くを担当しました。
これまで経験してきた「既存店舗を運営する仕事」とは違い、何もないところから一つの事業を作る経験となりました。
しかし、残念ながら事業は軌道に乗らず、会社として体操教室から撤退することになります。
初めての格闘技業界へ
体操教室の終了後、会社からは別の仕事をする選択肢も提示していただきましたが、僕は退職することを選びました。
就職活動をして、あるスポーツクラブから内定もいただいていました。
そんなとき、キックボクシングジムの運営や大会を手がける会社に勤めていた知人から声をかけてもらいます。
これまで格闘技ジムで働いた経験はありません。
分からないことだらけだったので、入社後は休日を使って自分自身もキックボクシングジムに通い、練習しました。
会社ではジムの責任者やインストラクターを務めたほか、本部スタッフとして各店舗責任者へのセールス研修、経理業務、会員管理などにも携わりました。
一方で、この会社では、それまでとはまた違った経験をすることになります。
会社の経営状況は非常に厳しく、資金繰りにも苦しんでいました。
給与の未払いも続くようになり、最終的に退職を決意しました。
以前から、いつかは独立したいという思いは持っていました。
ただ、なかなか最後の一歩を踏み出せずにいました。
そんな中で給与の未払いを経験し、
「それなら、自分でやってみよう」
と覚悟が決まりました。
35歳。
ここで初めて、「独立したい」という気持ちが「独立する」という決意に変わりました。
35歳、独立。そしてトラストフィットネスへ
35歳。もう一度、トレーナーとして学び直す
僕が現場でトレーナーとしてバリバリ指導していたのは、20歳から27歳頃までです。
その後は店舗マネジメントを中心に、幼児体操やキックボクシングなどにも携わり、一般の方へのトレーニング指導の第一線からは7年近く離れていました。
自分のジムを作るのであれば、もう一度基礎から勉強し直さなければいけない。
そう考えました。
2017年10月末に会社を退職。
11月からはトレーナー資格の取得や各種セミナーへの参加など、改めて身体やトレーニングについて学び直しました。
それと並行して、商圏調査、物件探し、内見、ホームページ制作、チラシ制作、トレーニング機器や備品の購入、内装など、開業準備を進めました。
すべてが初めての経験でした。
そして2018年4月、千葉市稲毛区に「トラストフィットネス」をオープンしました。
オープン初月の入会者は、わずか1名
最初のトラストフィットネスは、現在とは違います。
「腰痛改善専門ジム」
としてスタートしました。
ところが、オープン初月の入会者は、わずか1名。
「このままでは、すぐにダメになる」
そう思い、オープン直後でしたが業態そのものを見直すことにしました。
そのとき、これまで自分が経験してきたことを振り返りました。
23歳でパーソナルトレーナーをしていた頃、まだ経験の浅かった僕でも1セッション6,000円をいただいていました。
当時から「本当にそれだけの価値を提供できているのだろうか」という思いがどこかにありました。
一方、長く勤めたスポーツクラブでは、ジムでお客様に接するスタッフの多くが学生アルバイト。
マニュアル化された最低限の案内だけで、実際には「何をすればいいのか分からない」という会員様もたくさんいました。
僕自身も利用者としてスポーツクラブに通い、同じような光景を何度も見てきました。
当時はライザップをはじめ、高額なパーソナルジムが注目を集めていた時代です。
お金に余裕があれば、マンツーマンでしっかり指導してもらえる。
一方、それほどお金をかけられなければ、スポーツクラブでの指導は皆無に等しい。
その間にある選択肢が、ほとんどありませんでした。
「パーソナルジムは高くて通えない。でも、ちゃんと指導してもらいたい」
「スポーツクラブに入ったけれど、何をすればいいのか分からない」
そんな人たちが、無理なく通えるジムを作れないだろうか。
そこで始めたのが、現在のセミパーソナルトレーニングです。
目指したのは、
「パーソナルトレーニングの民主化」
でした。
誰もが継続しやすい料金で、パーソナルトレーニングに近い、きめ細かな指導を受けられる。
何より、僕自身が「こんなジムがあったらいいな」と思える場所を作りたいと考えました。
セミパーソナルへの転換
2018年5月から、セミパーソナルジムとして改めて会員募集をスタートしました。
すると、5月から9月まで毎月10名程度の方に入会していただき、少しずつ会員様が増えていきました。
オープン初月には「このままでは続けられない」と思ったジムも、なんとか軌道に乗せることができました。
そして、その約2年後。
新型コロナウイルスによって、フィットネス業界は大きな影響を受けます。
幸いトラストフィットネスは、もともと少人数制で、大きな窓を開けて換気できる環境でした。
また、小さなジムだからこそ、一人ひとりの会員様と日頃からコミュニケーションを取れていたことも大きかったのだと思います。
新規入会者は減りましたが、既存の会員様が大きく減ることはなく、営業を続けることができました。
2023年、加圧トレーニングを導入
もう一つ、現在のトラストフィットネスにつながる大きな転換点が、加圧トレーニングとの出会いです。
トレーナー資格取得のためのカリキュラムの中で、加圧トレーニングについて学ぶ機会がありました。
理論を学んで興味を持ち、まずは自分自身で実践。
その経験から「これは会員様にもぜひ提供したい」と思うようになり、2023年2月、トラストフィットネスに加圧トレーニングを導入しました。
現在では、筋力アップ、ダイエット、健康づくり、身体の不調改善など、さまざまな目的を持つ会員様への指導に活用しています。
トレーナー歴25年。今、思うこと
今のトレーナーとしての考え方
20代の頃の僕は、「見た目を良くすること」ばかりにこだわっていた気がします。
身体を鍛え、見た目が変われば自分に自信が持てる。
自信が持てれば心も変わり、人生も変わる。
そんな考えでトレーニングを指導していました。
その考えが間違っていたとは、今でも思っていません。
ただ、自分自身も40歳を超え、25年間この仕事を続けてきたことで、少しずつ考え方が変わってきました。
今は、「見た目」よりも「健康」を大切にしています。
そして、「短期」よりも「長期」です。
今、何kg痩せるか。
今、どれだけ格好いい身体を作れるか。
それだけではなく、
5年後、10年後、20年後も元気に自分の身体で生活するために、今何をしておくべきなのか。
そこまで考えて指導することが、今の僕のトレーナーとしての役割だと思っています。
僕にとってトレーナーとは、
「会員さんの人生をより良くするために、身体からアプローチする専門家」
です。
身体のことなら、気軽に相談できる存在でありたい
身体や健康について、
「これってどうなんだろう?」
「最近ちょっと身体の調子がおかしいな」
「何か運動した方がいいのかな」
そんな小さな疑問が出てきたときに、気軽に相談してもらえる存在でありたいと思っています。
そしてトラストフィットネスは、運動が得意な人だけが通う場所ではありません。
むしろ、
体力に自信がない人。 運動が苦手な人。 身体に痛みや不安を抱えている人。
そんな人たちにこそ、安心して通ってもらえるジムでありたいと思っています。
これからも一人ひとりの会員様と向き合いながら、
「この地域になくてはならないジム」
を目指していきます。